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名言・格言の効用

 歴史に名を残す人たちが残した「名言」というものがあります。何かの機会に目にすることはありますが、特に印象に残るものを除いて、たいていは聞いてもそのまま忘れてしまうことが多いのではないでしょうか。私はそうでした。20代の頃は、格言の類には反発しか感じなかったので、「どれだけ偉大な人間か知らないが、お前に指導されるいわれはない」なんて思っていたものです。

 けれど50歳をすぎて、たまたまニーチェの言葉を目にすることがあり、それがあまりにも私に突き刺さったので、それ以来いろんな人の言葉を探してみるようになりました。若い頃に目にした文章が、今読み返すと全く違って見えるから不思議です。当時の私が、どれだけ浅い読み方しかできていなかったかということでしょう。 格言を読むときは、できるだけ没後100年以上経った人のものにしています。なぜなら、当人が死んでしまってもなお言葉が生き残るということは、生きることの本質に迫ったものである可能性が高いと思っているからです。

 格言の効用は、多くの人が共通して述べている内容は、ほぼ人間の真実を言い当てていると判断できることです。例えば、夢を持つことの重要性をウインストン・チャーチルは『夢を捨てるとき、この世は存在しなくなる』といい、マーク・トゥエインは『夢がなくてもこの世にとどまることはできる。しかし、そんな君はもう生きることをやめてしまったのだ』といっています。ドストエフスキイは希望という言葉を使って、『希望を持たずに生きることは死ぬことに等しい』と書いています。探せば他にもたくさんあると思います。  あとは先人たちの言葉を素直に受け止めて自分のものにすればいいだけです。30年前の私のように、自信過剰で天の邪鬼な人間には雑音にしか聞こえないのでしょうけれど。私のような人間は、自分で転んで、傷ついてからしか本当のことがわからないので仕方ありません。わかったあとは、自分を愛し、見守ってくれた多くの人たちに必ず恩返しをすると決意して生きればよいと思っています。

 ちなみに私に刺さったニーチェの言葉は「大きな苦痛こそ精神の最後の解放者である。この苦痛のみが、われわれを最後の深みに至らせる」というものです。私自身、苦しい別れや、自分に対する絶望の中で、初めて知った圧倒的な解放感は、決してやけくそや自己欺瞞、開き直りという言葉などでは説明できないものでした。苦痛から顔をそむけるのをやめたとき、その先にいきなり想像もしなかった扉があるのを見て、苦痛の中を歩くことが大きな喜びに変わったのを感じました。ニーチェの言葉を身で読めたとき、私が尊敬していた作家たちの著作を、もう一度読み返す楽しみができました。 やはり、生きることはとても素晴らしい。苦痛さえ素晴らしいのですから、朝起きて青空を目にしたときの清新な喜びなんて、それこそ40年ぶりの経験と思います。心が若返っていくのはいいものですね。

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